草十郎のいない世界と「Blueray starbow」

 そのタイトルや「新生の鼓動よ響け。少女は今、青色はじまりの魔法を開く。」というキャッチコピーに表れているように、「魔法使いの夜」は一つの面において、蒼崎青子が魔法を使うまでの物語だと言えるだろう。

 九章「蒼崎家の事情」で「使えないし、使う気もないわよ、魔法なんて。」と語っていたように、青子は橙子とベオに敗北して自身の死を覚悟した時でさえ、魔法を使おうとはしなかった。そんな彼女が、十二章でついに魔法を使うことを決意する。
 その中で、青子は何のために魔法を使うことを決意したのか?という点には、いくつかの解釈をする余地があるように思える。

 自分の見たところでは多くの場合、青子は草十郎を救うため、魔法を使うことを決意したと理解されている。例えば『TYPE-MOONの軌跡』の著者である坂上秋成は、その本の中で青子が魔法を使うまでの流れを以下の様に要約している。

 その後、突如姿を現した青子の姉・橙子との戦いで、青子と有珠は瀕死の重傷を負います。ところが、そこに現れた草十郎は、単なる人間の身でありながら、自身を犠牲にして橙子の使い魔を撃退しました。
 それを見ていた青子は、さまざまな葛藤の果てに、草十郎を救うため、魔法を使うことを決意します。

坂上秋成『TYPE-MOONの軌跡』p.176

 この解釈が合っている可能性も十分あるだろう。
 けれど「魔法使いの夜」はシリーズとしては未完結ということで、*1不明瞭な部分が多く、とりわけ、魔法が使われる十二章ではその部分が多い。*2なので、違った解釈をする余地もあるように思える。
 そういう訳で、青子は橙子と決着をつけるため、魔法を使うことを決意したという解釈を軸にあれこれ書いていきたい。

*1:「10年経ったいまも全三部作あるとされる物語の続きをユーザーの皆さんに一向にお届けできていないところにずっと気持ちが囚われていて......。」(https://www.famitsu.com/news/202301/06286601.html)

*2:例えば魔法の正体とは何か?・あの宇宙空間らしき所は何か?、そしてあの場所では何が起こっていたのか?・草十郎が目覚めた直後に思い出した女の人は誰か?・「人殺しはいけないことだ」という言葉にまつわる草十郎の過去とは何か?など。

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「魔法使いの夜」アニメ化で考えたこと ゲーム版におけるテキストと画面の矛盾

 半年以上前の話になるけれど、「魔法使いの夜」が劇場アニメになることが発表された。これはこの作品にとって初の(本編の)他メディアへの展開となるわけだが、しかし別の見方もできる。というのも奈須きのこがこのゲームの元になった青年時代に書いた小説版をしばしば「原作」と呼ぶように*1 、そもそもゲーム版「魔法使いの夜」は原作小説のゲーム化だった、と捉えることができるからだ。

 とはいえ、その原作小説は今に至るまで公表されておらず、ごく一部の関係者を除いて読んだ人はいない。ゲーム版で読めるテキストも、小説版を再構成したものだから、小説版からどのように改稿されてゲーム版が出来たかは分からない。*2

 しかし、ゲーム版ではある部分でテキストと画面を意図的に矛盾させていると思しき箇所がある。ひょっとしたらそこに、小説版の痕跡やゲーム版の製作者たちの意図を見出すことができるのかもしれない。

*1:例えば旧公式サイトの奈須きのこのコメントでも「原作にあたる小説は、今から約14年前に書き上げたもので、自分にとっては”創作の原点”とも呼べる作品です。」と書かれている。

*2:一部、変更について明らかにされている点もある。例えば4gamerのインタビュー等で小説版には廃遊園地が舞台として登場しないことや、草十郎のイメージが変更されていることなどが語られている。

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「耳刈ネルリと十一人の一年十一組」と「新橋烏森口青春篇」

 2014年11月に開催された「森橋ビンゴ×石川博品フェア」で、これまで影響を受けた人物や作品を問われた石川博品は最も好きな作家である中上健次や好きな作品である『平家物語』と共に椎名誠の名前を挙げている。

ルーツということでいいますと、小学生のときに椎名誠のエッセイばかり読んでいたのでその影響は大きいと思います。『日本細末端真実紀行』『わしらは怪しい探険隊』『インドでわしも考えた』は人生でもっとも読み返した本です。

特集2:『森橋ビンゴ×石川博品フェア』|FBonline

 完全に後出しになるんだけど、この回答を読む以前に「耳刈ネルリと十一人の一年十一組」を読んでいて椎名誠の自叙伝的な小説である「新橋烏森口青春篇」を強烈に思い浮かべた箇所があったのでそのことについて書く。

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「天久鷹央」シリーズの小鳥遊優に恋人はいたのか?

 最近「天久鷹央」シリーズをよく読み返している。

 作者である知念実希人が「このキャラクターのモデルは完全にシャーロック・ホームズですね」*1 と言うように、ホームズ役である天久鷹央と、ワトソン役の小鳥遊優が活躍する医療ミステリーで、鷹央の「個性」がステレオタイプに描かれ過ぎていないかという嫌いは感じるものの、装画がいとうのいぢということもあって、ハルヒに近い楽しみ方をしている。

 それはさておき読んでいて疑問に思った小鳥遊優の恋人について書いていく。

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私の中にあった大事なもの 「トラフィック・キングダム」と「オズの魔法使い」

トラフィック・キングダム」は、ペットを共通点の1つとした短編集の表題作で、女子中学生の桐原奈琉が主人公の物語。

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「魔法使いの夜」十三章『帰り道』について

 本編の実質的な終章である『帰り道』は激しいアクションシーンはないが、各要素に意味を持たせているように感じた。そのことについて「畦道と山道」「月の明かり」「星空」あたりに注目してあれこれ書きたいと思う。

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