私の中にあった大事なもの 石川博品「トラフィック・キングダム」と「オズの魔法使い」

 石川博品トラフィック・キングダム」は、ペットを共通点の1つとした短編集の表題作で、女子中学生の桐原奈琉が主人公の物語。


 この小説には名前を挙げて言及される本が出てくる。それがオズの魔法使いだ。

ガキの頃好きだった絵本、『オズの魔法使い』、死んだお父さんが買ってくれたやつだけど、おくびょうなライオンが出てきて最後、何か勇気が出るやつもらったんだけど、何だったか思いだせない。

「トラフィック・キングダム」3→4

 この「何か勇気が出るやつ」は後に物語に現れるんだけど、それだけじゃなくて「トラフィック・キングダム」全体で「オズの魔法使い」を下地にしてるみたいだ。*1


 「オズの魔法使い」についてざっと説明すると(知ってるよという人は飛ばして)、竜巻でカンザス州からオズの国に飛ばされてしまった少女ドロシーが愛犬のトトと一緒に旅をして、無事家に帰るまでの物語。その旅の途中でドロシーは、脳のないカカシ、心臓の無いブリキの木こり、臆病なライオンに出会い、カカシは考えるための脳を、ブリキの木こりは心をつかさどる心臓を、ライオンは勇気をそれぞれ得るためにドロシーと一緒に旅をする。
 でも「オズの魔法使い」では「大事なものは自分の中にあった」ということがテーマの1つであるとしばしば言われる*2 ように、カカシと木こりとライオンがそれぞれ欲するもの(考える力、心、勇気)はオズの魔法使いに願うまでもなく、彼らの身に具わっていた。*3


 「トラフィック・キングダム」で奈琉は多華美と出会うことで変わっていくわけだけど、その奈琉の変化の中に「オズの魔法使い」との対応を見出すことができる。

 例えば「考えるための脳」では、奈琉は明香たちを自分で行先を決められない奴らと断じて、そのグループから抜ける。そのときの「オメエら、お似合いだよ。自分の頭で考えれねえバカどうし」*4 という奈琉の言葉があり、「心をつかさどる心臓」というのは多華美の秘密を知って涙を流して彼女を気遣うようになる奈琉に対応していている。*5 そして、「勇気」

「私、奈琉みたいに強くなりたい。この前、パケットの上に乗ってたでしょ? あれ見て私、すごい勇気あるなあって思ったんだ。私は全然勇気ないから」
「うちも勇気なんかないよ」
 勇気があったらこんな街、とっくに出てる。パケットに乗ってどこでも行けるけど、街の中ぐるぐるまわるだけで、どこにも行けない街。
 本当の勇気が欲しい。この街飛びだしていけるような。あとカネも欲しい。

「トラフィック・キングダム」3→4

 臆病なライオンのように勇気を欲しいと思う奈琉だが、彼女は多華美との喧嘩を経て欲しいものは既に持っていたことに気づく。つまり「大事なものは自分の中にあった」ことに気づく。

欲しいもの、どっか行ったらあるとかカネあったら買えるとかじゃなくて、私の中にあった。大事なもの、もう私、持ってた。みんなどこへでも行けるこの街は、みんなどこにも行けないようにできてて、でもうちら、そんなの関係なく心の中、秘密のこと考えたら、いつでもどこでもふたりで会える。ふたりだけど、秘密はひとつだから。

「トラフィック・キングダム」6→

 しかし、その大事な秘密は他人に奪われる。*6
 これまで作中で幾度となく描かれてきたのは奈琉が他人から何かを奪う姿だった――お店から電池を奪い、工場からソーラーパネルを奪い、意図せず染井から元哉先輩を奪う姿だった。ただ彼女は奪う/奪われるという連鎖の中にいて、今度は彼女が奪われる側に回る順番がきたのだ。*7

 オズの魔法使いはライオンに勇気入りと偽ったジュースを与えたが、奈琉に与えられたのは強姦のための睡眠剤入りの酒だった。そして、やはり奈琉にはちゃんと勇気が具わっていた。その勇気は多華美と出会う前から持っていたナイフに象られていて、最終的に人の命を奪うことになる。

 
 そうして物語は終わりへと進む。最後に唐突に現れたように思える軌道エレベーター(か?)は「オズの魔法使い」に照らし合わせて考えれば、ドロシーたちを異国に運んだ竜巻だろう。その2つの異界への門の意味合いは対照的で、竜巻で飛ばされて始まる「オズの魔法使い」は煎じ詰めれば家に帰るまでの物語だったが、軌道エレベーターで物語が終わる「トラフィック・キングダム」は街を出ていくまでの物語だった。
 
 作者は読者への返信で「奈琉や多華美は学校の屋上に掲示してあるような『大きな』ことばでは救われない子たちですので、それを自分たちで読み替えていく必要があったのだと私は思っています。」*8 と書いている。

 しかし奈琉は自分で行き先を決められない明香たちを「自分の頭で考えれねえバカどうし」と罵倒していたにもかかわらず自分たちの行き先をピーちゃんにまかせ、あれほど忌み嫌っていたはずの「仕方ない」という言葉を最後に使う。*9 そして多華美は鬼に食べられてしまったのかもしれないとさえ思う。そういった不穏さに満ちたこの結末は、奈琉が社会や連鎖とはまた違う何かに絡め捕られてしまったように感じられて、それでも誰からも奪われない場所を目指した彼女は多華美の膝の上で目を閉じる。きっと出会わなければこうはならなかった少女の膝の上で、*10 たぶん安らかな気持ちで。

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*1:これは東西南北についてもある程度そうかもしれなくて、奈琉は東中に通っている可能性が高いのだが上級生のヤンキーを倒すのは東の悪い魔女を倒すことに対応していて、そうすると西中の染井とのヤンキー抗争は西の悪い魔女との戦いに対応している、とか。そう考えると中央の高校に通っていると思われる元哉先輩はオズの魔法使いに対応していて、けっこう綺麗にはまる

*2:例えば『完訳 オズの魔法使い』の訳者である宮坂宏美はその訳者あとがきで「そして、必要なものはちゃんと自分のなかにそなわっているということを教えてくれるのです。」(p221)と書いている。

*3:もっと言うなら、ドロシーの家に帰りたいという願いも銀の靴という形で具わっていた

*4:トラフィック・キングダム - 6→

*5:涙は「オズの魔法使い」においてしばしばブリキの心の象徴だった

*6:「先輩が多華美の足首つかんで持ちあげる。小指と薬指しかない足が先輩の顔の前に来る。/『見ろよ、これ。こんなんなってんだよ。すごくね?』/ そういって、指のないつるんとしたとこ、舌出して、舐める。残ってる二本の指、口の中に入れる。ぺちゃぺちゃ、でっかいアイスでも食べるみたいにしゃぶる。」(トラフィック・キングダム - 6→

*7:父親の件を考えれば、少なくとも二度目の

*8:トラフィック・キングダム - 感想一覧

*9:「住むべき国、どこだか知んないけど住むなら私、あったかい国がいいなあって思って、飴食おうと思ったけど、自分のコートといっしょに焼いちゃったから、なくて、仕方ないから目を閉じて、多華美の胸、滑りおちて膝の上、頭預けた。」(トラフィック・キングダム - 6→

*10:「よく考えたら私、多華美と会う前、街のこと別に好きじゃなかったけど、出ていきたいとは思わなかった。なんでなんだろう。いままた私、街出ないで生きてくことの方が自然な気してる。」(トラフィック・キングダム - 6→

「魔法使いの夜」第十三章『帰り道』について

 本編の実質的な終章である『帰り道』は激しいアクションシーンはないが、各要素に意味を持たせているように感じた。そのことについて「畦道と山道」「月」「星空」あたりに注目してあれこれ書きたいと思う。

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